「この世界の片隅に」の主人公、すずの妹、すみ。
ここでは彼女のネタバレをしています。

ネタバレしたくない方はご注意ください。

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ネタバレ!妹の腕のあざは原爆症のあざ

すずの妹は被爆しています。

すずが会いに行ったとき、妹は草津の親戚
森田家にいます。

実家がある江波は史実でも原爆被害が少ない場所。

被爆火災も少なく、建物はほとんど残っています。

なのになぜ実家の江波ではなく、草津にいるのか。

なぜ草津の親戚は平気そうにしているのに、妹だけ
原爆症の症状が出ているのか。

それは妹の口から端的に語られています。

原爆が投下されたその日、すずの母は江波の祭りの
準備で、広島の中心街に出かけています。

おそらく原爆の爆風でほぼ即死だったと思われます。

すずの妹と父は母を探して広島の中心街に向かいます。

そして入市被爆してしまうのです。

数日探すも結局母はみつからず。

その後10月に父が突然倒れて亡くなってしまいます。

これも原爆症の症状です。

原爆症は症状に個人差があり、少しづつ症状が
現れることもあれば、心臓発作のような
突然死として現れることもあるのです。

父は死に、母は生死不明(ほぼ確実に亡くなっている)
すずは呉。
もう江波の実家にはだれもいません。

妹が草津に行った理由は推測するしかありませんが
母が見つからず、父が亡くなった状況からして
森田家から草津で一緒に暮らすように提案されたのだと
思われます。

この推測は妹の
「鬼いちゃん…江波の家にかえっとらんかねえ…
お母ちゃんも…」

という会話から立てられています。

妹が自ら森田の家に向かったと考えるよりも
母が返ってくること信じ、実家で待つことを選んだ。
しかし森田家に呼ばれた…と私は考えています。

妹が具合を悪くしたのは、その後だと
思われます。

海苔の手伝いをしていた、ような会話をしていますからね。

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原爆症は治るのか

作中での妹の体調不良とあざについて

「治るかねえ」
「治るよ」

という会話がありますが、原爆症というものは
治るとか治らないではなくて、抱えていくものです。

人のよっては突然亡くなります。

急激に症状が進行して亡くなる人もいます。

何十年もゆっくりと進行する人もいれば、被爆から
何年も経ってから症状がでる人もいる。

だから治るというものではないのです。

でも作中でのこの会話の意味は他にもあります。

それは原爆症というものが当時はまだ知られていなかったことです。

おそらくすずたちは被爆という概念も知らないのでは
ないでしょうか。

実際、作中では原爆という言葉がつかわれていません。

新型爆弾としか言われていません。

ちなみに
江波は爆心地から約3キロ。
草津は約4キロ。

いずれも爆心地付近ほどではありませんが
放射能の影響を受けている地域です。

つまり、森田家の人々も原爆症を発症する可能性がある、ということです。

爆風もそうとうなものだったらしく、作中では呉まで
ふすまが飛んできていますが
江波にはガラス片など、もっと危ないものも飛んできていたようです。

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妹はこのあとどうなった?

終戦後、森田家で寝ているシーンのあと
妹がどうなったのかは描かれていません。

おそらくしばらくは生きていたのだと思われます。

女の子を引き取ってしばらくの様子がエンドロールで
描かれており、そのさなかに妹が亡くなったような
描写がありませんので。

ただ長生きできたかどうかは不明です。
めまいがして寝ているほどの体調不良だったので
その後数年以内の命だった可能性も十分あります。

そのほか、妹には
見落としがちですが、ラブロマンスになりそうな描写がありました。

やさしい将校さんが食券をこっそりくれる、と語っています。

その将校がどうなったのかは全くわからないのですが
彼と妹が恋仲に発展していれば、再会した可能性もあります。

大けがをしたすずを見舞いに呉まで妹が来るシーンがありますが
将校は呉に姉がいることを覚えていてくれて、救援物資のトラックで
載せてきてくれています。

すずが北條家に嫁ぐとき、妹と間違えたのではないかと思うあたり
妹は美人な様子。

彼が妹・すみの救いになったと思いたいところ。

将校が無事ならの話ですが…。